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三夜目 サラリーマンの旅立ちを見守るかぐや姫
十四夜の月

日本では、明治5年12月2日(1872年12月31日)まで、月の満ち欠けの周期を基にした天保暦、いわゆる旧暦を使用していました。周期は朔望月(さくぼうげつ)と言われ、新月(朔)から満月(望)を経て次の新月までの期間を1周期としています。天保暦は今でも占いや祭事などで使われていますし、カレンダーに月の満ち欠けの記載があるものも見受けられます。古い書物や文化、慣習を通して見ても日本人の暮らしには、月が密接に関わっていたことが分かります。

物語の中で、星子ちゃんは今夜が「佳宵」だと言っています。かしょうと読み、月がきれいな夜、特に中秋の名月の夜を指す大変古い言い回しです。ロマンティックな古人は月夜を愛でるのに実に沢山のことばを作っています。「既望」(きぼう)はすでに望(=満月)が過ぎた月という意味で、十六夜の月を指します。また「待宵」(まちよい)は翌日の十五夜(=満月)を待つという意味で十四日の夜を指します。そして今回は、この「待宵」にちなんだお話でした。




満月、十五夜、望月、天満月、佳宵、明月、名月…様々な呼び方があるように、先人は満月が大好きです。その証拠に十四日の夜は「待宵」です。月に対して、あなたを待っていますという程の気持ちで付けたのでしょう。


さて今回の主人公、サラリーマンの木上さんには、月が大好きな彼女がいます。転勤が決まり、遠く離れてしまうことを告げると、彼女から「私、十四のコモチだから、気にしないで」と、何とも衝撃的な返事が返ってきました。どうしていいのかわからない彼は、みじめな心境を星子ちゃんに語るのでした。
そこから星子ちゃんの謎解きが始まります。昔は十五夜(望月)の前日、十四夜の月は小望月(こもちづき)と呼ばれていました。先の「待宵」とかけあわせて、十四夜の小望月は待つ宵の月、それが転じて「来るべき人を待つ」という意味でも使われてきたと教えてくれます。勘違いをしていた木上さん。月が好きな彼女の奥ゆかしい返答だったんですね。



また、「彼女の気持ちが見えなくなった」と言った木上さんの言葉を拾って、「見えない今こそ、二人の大切な始まりなのでは?」と返します。
月の見えない夜は「朔(さく)」と言われ、旧暦では新しい月の始まりになります。さらに、「月立ち(つきたち)」は「朔(ついたち)」とも読まれていました。いまでも月初めの日は”ついたち”といいますよね。現代人にとって月は身近では無くなったとは言え、昔人と月とのつながりは多くの言葉に残って受け継がれています。木上さんも転勤を新しい旅の始まりと前向きに受けとめ、彼女との再出発を決意します。
さてさて、二人の星の導きは、本編で確認してみてください。




月は肉眼でもはっきりと大きく見える最も身近な星です。ですが、どうやら年に3cmほどずつ離れていっているようです。今見た月が最大であり、徐々に私たちから遠ざかっている。そう考えると、見上げる月の存在がとても儚いものに思えてなりません。

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